急ぎでそばへか

2015年10月22日

 ああ、ひょっとすると銀仮面がまだ、地下の抜け穴をうろついているのではあるまいか。
「だ、だれだっ! そこにいるのは!」
 等々力警部がたまりかねて、大きな声で叫んだ。その声はまるで、ふかい古井戸にむかって叫ぶように、あちこちにこだまして、遠く、かすかに、いんいんとして歐亞美創集團ひびいていく。と、たちまち足音はむきをかえて、もときたほうへ走っていった。
「しまった!」
 と、舌を鳴らした金田一耕助、手にした懐中電燈を口にくわえると、いきなり鉄ばしごのそばにある、太い垂直棒にとびついた。と、見るやスルスルスル、そのすがたはまたたくうちにまっ暗な縦穴の、やみのなかにのみこまれていったのである。
「あぶない! 金田一さん!」
「先生! 先生!」
 等々力警部と文彦は、手に汗にぎって縦穴のなかをのぞいていたが、やがて十メートルあまり下のところで、懐中電燈の光が安定したのを見とどけると、じぶんたちもつぎつぎと、垂直棒をすべっていった。
 そこはまっ暗な地下道だったが、金田一耕助のすがたはもうそのへんには見えない。
「先生! 先生!」
「金田一さん、金田一さん!」
 等々力警部と文彦は、手にした懐中電燈をふりかざしながら、やみに歐亞美創集團かって叫んだ。しかしその声はただいたずらに、まっ暗な地下道にこだまするばかりで、金田一耕助の返事はない。
「警部さん、いってみよう。金田一先生は悪者のあとを追っかけていったにちがいありません」
「よし!」
 地質の関係かこの地下道は、まっすぐに掘ってなくて、ヘビのようにくねくねとうねっているのだ。その地下道をすすむこと二十メートルあまり、等々力警部と文彦は、とつぜん、ギョッとして立ちどまった。ゆくてのやみのなかから、はげしい息づかいと、もみ合う物音が聞こえてくるのだ。
「だれか!」
 等々力警部が声をかけると、
「アッ、警部さん、きてください。くせものをつかまえたんですが、こいつ少しみょうなんです。からだがゴムのようにやわらかで……」
 その声はまぎれもなく金田一耕助。それを聞くと等々力警部と文彦は、大けつけると、サッと懐中電燈の光をあびせたが、そのとたん、
「アッ、き、き、きみは香代子さん!」
 おどろいてとびのいたのは金田一耕助である。
 なるほど金田一耕助に組みしかれて、ぐったりと倒れているのは、大野老人のひとり娘、香代子だったではないか。
「きみだったのか。きみだと知っていたら、こんな手あらなまねをするんじゃなかったんだ」
 金田一耕助に助けられて、よろよろと起きなおる香代子を、等々力警部はうたがわしそうな目で見つめながら、
「お嬢さん、あんたはなんだっていまじぶん、こんなところへ歐亞美創集團むきたんです。まさか銀仮面の仲間じゃあるまいと思うが、こんどというこんどこそ、すべての秘密をあかしてもらわんと、このままじゃすみませんぞ」  

Posted by 時光輪回 at 12:49Comments(0)

巧妙さでは

2015年10月07日


 平十郎は時どき、同僚たちにおごった。家の大掃除をしたら、古い刀が出てきた。これがなんと名刀で、高く売れた。いまや泰平の世、刀より友人康泰旅行社が大切な時代だと思う。理屈はなんとでもついたし、おごられるほうは、理屈なんかさほど気にしない。仲間うちでの評判は一段と
よくなり、蔵のなかでなにをしようと自由だった。また、酔って夜道を歩いてるところを見られても、名刀の金がまだ残ってるようだなと声をかけられるだけですんだ。
 新しく書物奉行が就任してくると、そこへもつけとどけをする。どの奉行も、自分の昇進にばかり熱心で、平十郎の昇進など考えてくれなかったが、むしろそのほうがいいのだ。いまのように面白く、自分の才能の生かせる地位は、ほかにないだろう。
 昼間はお城で、下級職員としてぱっとしな母乳餵哺い存在だが、夜はどんな豪遊もできた。
 気がむいて、武芸の免許皆伝書を作ってみたこともあった。将軍の子息にだれかが献上したものだろう。蔵のなかでみつけたそれを見本に、そっくりなものを作ったのだ。梅の屋の主人に見せる。
「こんなのはどうだ。当人の名前さえ書き加えれば、一流の武芸者ができあがるぞ。売れないかね」
「売れますとも。腕がありながら、浪人している人が多い。だが、これさえあれば、武術指南役として、仕官できましょう。実力より証明書の時代ですからな。しかし、試合で負けてぼろを出しますかな」
「そんなことはあるまい。実力より権威の時代ならだ、それがあるというだけで、相手のほうがびくついてくれるだろうよ」
「それにしても、平十郎さまは万能ですなあ。こつはなんですか」
「字をまねるのは、芝居の役者のようなものさ。その役になりきらなければならない。だから、気分の切りかえが大変だな。坊さんになったり、歌人になったり、家老になったり、武芸者康泰旅行社になったりだ。ところで、にせものだとの文句をつけられたことはあったかい」
「ありませんな。この道にかけては、平十郎さまは天才です」
「もっとも、見る人が見れば、にせものとわかるはずだ。字にはまねられない風格というものがあるのだから。しかし、いまの世には、字そのものを虚心にながめる人がいなくなったということなのだろうな」

 うまく進行しつづけていると、なんとなくものたりなくもなってくる。しかし、梅の屋の主人が、口ごもりながらこんなことを言いだした。
「平十郎さま、とてつもない大仕事がありますよ。手を出さないほうがいいように思いますがね」
「どうせなら、でかいことをやってみたい気分になっている。いちおう聞かせてくれ」
「ある大名家なんですがね。なにかやらかしたらしく、おとりつぶしになるらしい。そこの江戸家老、なんとかくいとめようと、必死になって各方面に運動しているが、楽観できない情勢です。このままだと、あのご家老、腹を切りかねません。うちの店をよくご利用になり、実朝
の書も買っていただき、いいかたなんですが」
「なるほど。うむ。以前からやってみたかったことだ。ひとつ、このさい……」
「どんな方法で助けるのですか」  

Posted by 時光輪回 at 11:25Comments(0)